丹羽長秀の家紋一覧(2種)

丹羽長秀(にわながひで)が使用した家紋を一覧で紹介します。

丹羽直違紋

丹羽直違

丹羽直違

丹羽直違紋』は丹羽長秀の家紋。家紋については「三百諸侯」では短冊が、「見聞録」では血のついた布が由来とある。

三つ盛り木瓜紋

三つ盛り木瓜

三つ盛り木瓜

三つ盛り木瓜紋』は丹羽氏の家紋のひとつ。主君の信長の家紋にあやかって使用したのではないだろうか。

にわながひで(1535-1585)

丹羽長秀(にわながひで)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将であり、織田信長の宿老。子は丹羽長重。

1535年に尾張国に生まれ、若くして信長に仕え、各地の合戦で武功を挙げるとともに、調略や行政面でも手腕を発揮した。

柴田勝家滝川一益明智光秀らと並ぶ織田家の有力家臣の一人であり、北陸方面の攻略などに従軍して勢力拡大に貢献する。

1582年の本能寺の変後は、豊臣秀吉を支持し、山崎の戦い後の政権争いにおいて重要な役割を果たした。清須会議にも出席し、織田家の後継体制の決定に関与するなど、政局の中枢で活動した。その後は若狭・近江などを領する大名として地位を確立する。

長秀は実務能力に優れ、信長・秀吉両政権において安定した働きを見せたが、晩年は病により苦しみ、1585年に没した。享年51歳。

丹羽長秀は、武功と行政の双方に優れたバランス型の重臣として、織田政権を支えた重要人物である。

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