真田信之の家紋一覧(3種)
真田信之(さなだのぶゆき)が使用した家紋を一覧で紹介します。
真田六文銭
『真田六文銭紋』は別に『六連銭』とも。六連銭はもともと本家筋の滋野・海野氏一族が多く用いる家紋であり、真田信之の祖父、幸隆のときに始まったといわれる。
洲浜
『洲浜紋』は本家筋の滋野・海野氏からの使用紋。真田氏の替紋。慶事に使用される洲浜盆に因む家紋。
結び雁金
『結び雁金紋』は本家筋の滋野・海野氏からの使用紋。真田氏の替紋。野鳥の雁を図案化した家紋。
真田信之(1566-1658)
真田信之(さなだのぶゆき)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将で、真田昌幸の長男で真田幸村(信繁)の兄。正妻は本多忠勝の娘・小松姫。上田藩、後の松代藩の初代藩主。
関ヶ原の戦いでは父や弟が西軍に付いたのに対し、信之は東軍につき上田藩主として真田の家名を保つ。この頃より名を「信幸」から「信之」に改名している。
領地は二度の上田合戦や浅間山の噴火などで荒廃していたが、信之は城下町の整備や堰の開削など領地の再建に尽力。また、元和8年(1622年)には信濃松代に加増移封され、13万石の大大名となった。
晩年は長男の信吉に先立たれ、次男の信政に家督を譲ったものの、信政も早世。これにより信之は孫の後見として再び藩政を執ることとなる。その後、享年93歳で死去。
信之は高い教養と豊かな感性、武勇にも優れ、家族や家臣、領民からも敬愛された。彼もまた父や弟に負けない名将であった。
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