徳川家康の家紋一覧(3種)
徳川家康(とくがわいえやす)が使用した家紋を一覧で紹介します。
三つ葉葵
『三つ葉葵紋』は徳川家の家紋。もともとは松平氏の家紋であり、賀茂神社の有力な氏子であったことから、その神紋である葵紋を用いたとされる。また、出身地である松平郷の近くに巴川が流れていたことにちなみ、葵と巴の意匠を組み合わせた紋を用いるようになったという。
徳川葵
『徳川葵紋』は徳川家の家紋。ただし、徳川葵は江戸中期以降の徳川家の定紋であり、家康や秀忠などは使用していない。葵紋は将軍家の家紋ということで権威が高まり、その使用が非常に厳しく制限されていた。
大中黒
『大中黒紋』は新田氏の独占家紋。源氏の由緒ある一族である新田氏の子孫を名乗った家康も使用可能な家紋となる。
徳川家康(1543-1616)
徳川家康(とくがわいえやす)は、戦国時代から江戸時代初期の日本の武将・大名。のちに江戸幕府を開いた初代将軍。子に徳川秀忠らがいる。
1543年三河国岡崎に生まれ、幼名は竹千代。幼少期は今川家や織田家のもとで人質生活を送り、乱世の厳しさを身をもって学んだ。1560年の桶狭間の戦いで今川義元が討たれると自立へ向かい、1562年には織田信長と清洲同盟を結んで三河支配を固めた。その後は遠江・駿河へと勢力を広げ、本能寺の変ののちには甲斐・信濃も掌握して有力大名へ成長した。
豊臣秀吉の死後、1600年の関ヶ原の戦いで東軍を率いて勝利し、1603年に征夷大将軍となって江戸幕府を開く。さらに大坂の陣で豊臣氏を滅ぼし、徳川政権の基盤を決定的なものとした。
家康の強みは、派手な武勇よりも忍耐と現実的な判断力にあり、戦国の混乱を終わらせて長期政権の土台を築いた点にある。享年74。
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