長宗我部元親の家紋一覧(3種)

長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)が使用した家紋を一覧で紹介します。

丸に七つ片喰紋

丸に七つ片喰

丸に七つ片喰

丸に七つ片喰紋』は、長宗我部氏の独占紋。「見聞諸家紋」にも掲載されている由緒ある家紋。

丸に片喰紋

丸に片喰

丸に片喰

丸に片喰紋』は、長宗我部氏が使用した家紋。「丸に七つ片喰紋」の略式紋の位置づけ。

丸に左向き帆掛け船紋

丸に左向き帆掛け船

丸に左向き帆掛け船鉢

丸に左向き帆掛け船鉢紋』は、長宗我部元親が使用した家紋。この家紋も長宗我部氏の独占紋。

長宗我部元親(1539-1599)

長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)は、戦国時代の武将であり、土佐国を本拠として四国統一を成し遂げた大名。土佐の出来人。父は長宗我部国親。子に信親や盛親などがいる。

1539年に生まれ、当初は温和な性格から「姫若子」と呼ばれていたが、永禄の頃より頭角を現し、1560年の長浜の戦いで初陣を飾る。その後、土佐国内の勢力争いを制して支配を確立し、さらに阿波・讃岐・伊予へと進出して四国全域を掌握するに至った。

元親は軍事だけでなく統治にも優れ、「長宗我部元親百箇条」と呼ばれる分国法を定めるなど、領国経営の整備にも力を注いだ。しかし1585年、豊臣秀吉による四国征伐を受けて降伏し、土佐一国のみの領有を許される。その後は豊臣政権に従い、九州征伐や朝鮮出兵にも参加した。

晩年は後継問題に悩み、嫡男信親を失うなど不運にも見舞われた。1599年に没する。享年61歳。

元親は地方大名から四国統一を果たした実力者であり、その統治と軍事の両面で優れた手腕は、戦国大名の典型的な成功例として評価されている。

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