浅野幸長の家紋一覧(1種)

浅野幸長(あさのよしなが)が使用した家紋を一覧で紹介します。

浅野鷹の羽紋

浅野鷹の羽

浅野鷹の羽

浅野鷹の羽紋』は、浅野氏が使用している家紋。大名になりアレンジされたもの。

違い鷹の羽紋

違い鷹の羽

違い鷹の羽

違い鷹の羽紋』は、浅野氏の初期の家紋。のちに「浅野鷹の羽」が定紋となる。

丸に三つ引き紋

丸に三つ引き

丸に三つ引き

丸に三つ引き紋』は、浅野氏の替紋の一つ。旗紋の「三つ引き」からの転用だと思われる。

浅野扇紋

浅野扇

浅野扇

浅野扇紋』は、浅野氏の替紋の一つ。秀吉から下賜された沢瀉紋と組み合わせたものか。

浅野長政(1528-1582)

浅野長政(あさのながまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名であり、浅野長政の嫡男として1576年に生まれた。幼少期より豊臣秀吉に仕え、近江・甲斐などの領地を経て、紀伊国を与えられるなど大名として成長した。豊臣政権下では若手有力大名の一人として位置づけられ、朝鮮出兵にも従軍している。 関ヶ原の戦いでは東軍に属し、父長政とともに徳川家康に従って戦功を挙げた。戦後は紀伊和歌山藩の初代藩主として37万石を領し、城下町の整備や藩政の基礎確立に尽力する。また、徳川政権下において外様大名として安定した統治を行い、浅野家の地位を確固たるものとした。

関ヶ原の戦いでは東軍に属し、徳川家康に従って戦功を挙げ、戦後も所領を安堵された。城下町の整備や藩政の基礎確立に努め、外様大名として安定した統治を行ったが、1613年に死去する。嫡子がなかったため、家督は弟の浅野長晟が継ぎ、浅野家はその後も存続した。幸長は豊臣から徳川への移行期を支えた大名の一人である。

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