蜂須賀家政の家紋一覧(4種)
蜂須賀家政(はちすかいえまさ)が使用した家紋を一覧で紹介します。
抱き柏
『抱き柏紋』は、蜂須賀家の家紋。子の至鎮の代まで蜂須賀家の定紋だった。
五つ割り万字
『五つ割り万字』は、蜂須賀家の旗紋。古くから家紋として使用していたかは不明。
丸に左万字
『丸に左万字紋』は、蜂須賀家の家紋。孫の忠英の代から蜂須賀家の定紋となる。古くから家紋として使用していたかは不明。
五三桐
『五三桐紋』は、父・正勝が本圀寺の変にて足利義昭を護衛した報奨として賜った家紋。
蜂須賀家政(1558-1639)
蜂須賀家政(はちすかいえまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。父は蜂須賀正勝。子は初代徳島藩藩主の蜂須賀至鎮。
家政は1558年、蜂須賀正勝の嫡男として尾張国の宮後城に生まれる。若くして豊臣秀吉に仕え、父とともに各地の戦に従軍する。とくに四国攻めでは阿波国の平定に功を挙げ、その後阿波一国を与えられて大名となり、徳島藩の基礎を築いた。
関ヶ原の戦いでは東軍に属し、戦後も所領を安堵されて外様大名としての地位を確立する。
家政は徳島城の整備や城下町の形成を進めるとともに、検地や治水など領国経営にも力を注ぎ、安定した藩政運営を行った。また、豊臣恩顧の立場にありながら徳川政権に順応し、家の存続を図った点も特徴である。1639年に没。享年81歳。その後も蜂須賀家は阿波徳島藩主として続いていく。
家政は戦国から近世への移行期において、武功と統治の両面で実績を残した大名である。
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