足利義昭の家紋一覧(4種)
足利義昭(あしかがよしあき)が使用した家紋を一覧で紹介します。
足利二つ引き
『足利二つ引き紋』は、足利氏の正式な家紋。
二つ引き
『二つ引き紋』は、足利氏の陣幕から発生した家紋。
丸の内に二つ引き
『丸の内に二つ引き紋』は、衣服などで使用する場合に使用した家紋。
五七桐
『五七桐紋』は、足利尊氏が後醍醐天皇から下賜された家紋。
足利義昭(1537-1597)
足利義昭(あしかがよしあき)は、室町幕府第15代将軍であり、室町幕府最後の将軍。父は第12代将軍・足利義晴。兄は第13代将軍・足利義輝。
義昭は1537年に生まれ、兄である将軍足利義輝が1565年の永禄の変で討たれると、各地を転々としながら将軍職の回復を目指した。やがて織田信長の支援を受け、1568年に上洛して将軍に就任する。
当初は信長と協調関係にあったが、次第に対立を深め、各地の大名に呼びかけて反信長勢力の結集を図る。これにより信長包囲網が形成されるが、勢力差は大きく、1573年に京都を追放されて将軍職を失い、室町幕府はここに滅亡した。
義昭は信長没後も将軍としての権威を保持し続け、豊臣秀吉とも関係を持った。秀吉は天下統一を進める過程で、形式的には室町幕府の権威を尊重する姿勢を示し、義昭を完全に排除することはなかった。義昭もまた、秀吉の勢力拡大を背景に一定の地位を保ちつつ、政治的影響力を徐々に失っていく。
その後、義昭は出家して昌山と号し、公的な政治の場から退いた。晩年は京都に戻り、かつての将軍として静かな余生を送り、1597年に没した。
義昭の生涯は、室町幕府の終焉から豊臣政権への移行という時代の転換を体現するものであり、名目的権威と実権の乖離を象徴する存在であった。
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