佐々成政の家紋一覧(3種)

佐々成政(ささなりまさ)が使用した家紋を一覧で紹介します。

七つ割り隅立て四つ目結紋

七つ割り隅立て四つ目結

七つ割り隅立て四つ目

七つ割り隅立て四つ目』は佐々氏の家紋。四つ目結が佐々木源氏の代表紋であり、佐々氏もその一族として派生紋である「七つ割り隅立て四つ目」を使用した。

隅立て四つ目結紋

隅立て四つ目結

隅立て四つ目

隅立て四つ目』は佐々氏の家紋。隅立て四つ目」は佐々木源氏の代表紋であり、佐々氏もその一族ということでこの家紋を使用した。

十三葉棕櫚紋

十三葉棕櫚

十三葉棕櫚

十三葉棕櫚』は尾張の熱田神宮の使用紋ということで、信仰心から使用したもの。

佐々成政(1536-1588)

佐々成政(ささなりまさ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将。織田信長の重臣として知られる。

1536年に尾張国に生まれ、若くして信長に仕え、黒母衣衆の一員として近侍した。各地の合戦で武功を挙げ、越中方面の統治を任されるなど、有力家臣として地位を築く。

信長没後は柴田勝家に与し、豊臣秀吉と対立する。賤ヶ岳の戦いで敗れた後も越中に拠って抗戦を続けたが、1585年、厳冬期に立山連峰を越えて浜松の徳川家康のもとへ赴いた「さらさら越え」の逸話で知られる。最終的に秀吉に降伏し、その配下に入った。

その後は肥後国を与えられて大名となるが、領国統治の混乱(肥後国人一揆)により失政の責任を問われ、1588年に切腹を命じられた。

成政は勇猛な武将であると同時に、その波乱の生涯は戦国大名の栄枯盛衰を象徴するものといえる。

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